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2008年1月

店舗オープン前の心境

一年以上をかけて準備し、苦労を乗り越えて店舗開業が目前に迫ってきた。2月2日オープン予定なのであと一週間しかない。

デザイナーに依頼して金を惜しまず美しい店舗を作った。それをバックアップするシステムも自分で構築し、品質には自信がある。数ヶ月前からオープンする時の自分はどんなだろうかと考えていた。

そのイメージは、ベラージオホテルを開業し、売り物の噴水を目の前にして恍惚と音楽を口ずさむスティーブ・ウィンであった。自分の理想が現実化したのを前に喜びがあふれ出してくると思っていた。

しかし、現実は全く異なる。度重なる工事の遅れ、ずさんな作業、毎日いらいらし、怒りで夜も眠れない。そして、オープンしても誰も来ないのではないか、コンセプトが受け入れられず、全く無視されるのではないか。全く収入がない中で、家賃、人件費は確実に費やされ、あっさり破産するのではないか。そんな恐怖がこみ上げてくる。どきどきして朝早く目が覚める。心の底から後悔している。サラリーマンとして出世を目指していれば良かったではないか、なぜこんなところに来てしまったのか。その感じは、世界一大きいジェットコースターに念願かなって乗っては見たものの、トロッコが高い位置に来るとそこにいることを悔いるような感じ、あるいは、ヒマラヤにあこがれて標高5000mに来たものの、余りの寒さと呼吸の辛さに己の馬鹿さ加減を悔いるような感じである。大学入試や昇格試験の比ではない。戦争で前線突破する戦士や、オリンピック選手ほどではないと思うが、人生で自分の価値が問われる瞬間が目の前に迫っているのだ。これを望んでいたはずなのだが、怖い。全く楽しくない。果たして、この苦しみの先に大きな喜びは待っているのだろうか。闇が深ければ深いほど、光は明るく輝くのだろうか。今は全くわからない。ただ不安なだけだ。

こんなとき、ふと聞いて見たのが古い音楽だ。例えばABBAのダンシングクイーン。なぜか、こういう若かったときのことを思い出す音楽を聴くと癒される。不思議なものだ

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AmazonでEdy

本でも電気製品でも、Amazonでよく買うのだが、今日になってAmazonでEdyが使えることを発見した。そのためには、Edyにチャージして、Edyリーダーをパソコンにつないで、メールの指示に従って支払いの操作をしなければいけないので、クレジットカードで買うのと比べて便利になったかといえば実はそうでもない。Amazonにとってはクレジットと違いCashが即刻入金されるし、クレジットカード手数料を支払う必要はないし不履行のリスクもないのでメリットはある。しかし利用者にとってはメリットはあるのか? あるのだ。まず、携帯をいじっていて面白半分にEdyを(1万円ほど)お財布携帯にチャージしたものの使える店がほとんどないために死に金になっているのを使うチャンスになる。そして、ANAでマイルを貯めている人にはチャージでマイル、利用でマイルなのでクレジットカードよりマイルが貯まる。そういう動機で使ってみた。

Amazonから支払いのためのURLが記載されたメールが来た。それをクリックするとIEが立ち上がり支払いのページが表示された。そして、パソリで支払いをクリックすると予めインストールしておいたEdyviewerが起動する。同時にパソリのLEDが点滅して、EdyviewerはEdyをかざすことが求める。かざすと支払い完了である。手数は増えるが、割と楽しいので苦にならない。

しかし、ちょっと待てよ。猛烈な違和感がこみ上げてくる。

なぜ、IEのクリックからアプリが起動したのだ? しかも、そのアプリはUSBというパソコンのハードウェアリソースを使用する。こんなことがあっていいのか? WEBのページからパソコンにインストールされたアプリを自在に起動できるなら、例えばハードディスクのファイルをすべて消すとか、ランダムにアプリを勝手に起動するとか好き放題できるではないか。USBリソースにアクセスするなど言語道断だ。外付けハードディスクだって繋がれているのだ。

ブラウザというのはこういうローカルアクセスはできない設計だと思っていた。しかし、Edyはできた。なぜなんだ??? マイクロソフトに金を払っているのか? たぶんActiveXプラグインの仕組みを使っているのだろうが、それでも腑に落ちない。これはセキュリティホールではないのか。私がインストールしたソフトだからセキュリティホールではないのか。例えば、悪い奴がフリーソフトを配布し、そのソフトに関連するサイトを閲覧したら、そのフリーソフトが裏側で起動してパソコンのファイルをどこかに転送するなんてことが可能なのではないか。それともActiveXは起動したら必ずwindowが出る(からすぐに悪事がばれる)仕様なのだろうか?

いずれにしても、今までにない体験をさせてくれたEdyであった。誰か私の疑問に答えてくれないだろうか

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マードゥリ勝手にベスト3

Ma1 すべてのMadhuri出演映画を見たわけではないが、半数以上は見た。ベスト版も何枚か見たので代表的なミュージカルシーンはほとんど見ているはずだ。もちろん、Madhuriのことだからまだ見ていない中にも傑作はあるに違いないが現時点で勝手にベスト3を決めてみた。

一位は、マードゥリの実質的なデビューであるTezaabから、Ek Do Teen。これはもう、インド人的にも、ファン的にもはずせない曲だ。後のマードゥリの作品でのトレードマークとなる、顔芸、尻芸の原型はここにあり、ダンスは既に完成されている。特筆すべきは、この時点で本来の得意であるカタックではなく、自由奔放な創作ダンスを踊っていることである。ファッションモデルとしての経歴をパロディ化したような場面も盛り上がるところで使われており、この一曲でマードゥリのすべてを表現しようという心意気が伝わってくる。楽曲も申し分なく、マードゥリはこういう大観衆を前にした舞台が一番素晴らしい。この曲のような大人から子供まで楽しめる作品というのは世界的にもそんなにないような気がする。

二位は、KhalnayakからChori Ke Peecheを選んだ。この映画にはもう一曲、「トゥットゥルトゥトゥトゥトゥ、トゥットゥルトゥトゥトゥトゥ」で始まる名曲Palki Pe Hoke Sawarがあるが、これ以上にChori Ke Peecheは素晴らしい。エジプトのベリーダンサーも負けそうな腰振りに始まり、ユーモラスな振り付けが圧倒的な楽曲と共に次から次へと披露される。何度見ても見飽きないし、CDで曲だけを聞いても終盤は熱狂してしまう。欲を言えば、最後の太鼓の場面もマードゥリで締めて欲しかった。

三位にはYaraanaから、Mera Piya Ghar Aaya。この曲はなぜか映画のDVDからはカットされているのだが、ベスト版には必ず収録される。まず、曲のアレンジがとてもいい。CDの高音質で聞くと細部まで作りこまれていて聞き惚れる。そして映像は本当に素晴らしい。恐らく、このプロジェクトは、Ek Do Teenに敬意を払いつつ、それを超えるべくして進められたのだと思う。ピンクの衣装のマードゥリのモダンダンスは実に正確で切れが良く、オリンピッククラスの実力者だということがよくわかる。サリーに身をつつんだベリーダンスもポイントでの衣装の跳ね上げの技術などは他の女優には不可能なレベルだ。特に中盤の緑のサリーでの中腰の動きからのユーモラスな舟こぎダンスは圧巻で、見重ねるにつれてまた見たくなるような中毒性の魅力を持っている。

その他、AnjaamやBetaにも素晴らしい曲がいくつもあり、どれも甲乙捨てがたい。後日、Madhuriベスト10として発表しようと思う

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Ikkoさん

どんだけ~! というのも今となっては死語、というか去年を懐かしむノスタルジーすら感じる。

Ikkoさんはどうかというと、なんのかんの、結構今でも売れている。その魅力は衰えていないようだ。

私は別に、そういう趣味があるわけではないが、決して嫌いではない。いや、好きかも知れない。おかまキャラのタレント全般に言えるのだが、そもそも存在がずっこけているところが好感が持てるのだ。

Ikkoさんの本職はカリスマメイクアップアーティストで、どうやら確かにすごいらしい。しかしなぜか、自分については素材がそもそも破綻しているのか、そのすごさは全く伝わってこない、というか、単なるお笑いになっている。そこがおかまキャラのすごいところで、自分がどうしようもなくだめだからこそ、好きになってしまうのだ。

天から授かった才能は確かにある。しかし自分には全く適用できない。自分は惨めなままだ。しかし、他人を劇的に幸せにする。それで自分も幸せになり、笑顔が絶えない。そういうところがIkkoさんを輝かせているのだと思う。

スポーツ選手も経営者もそういうところがあり、好きなことに打ち込んでいるが自分にはなぜか恩恵が巡ってこないが、人を神がかり的に幸せにする。そしてそのフィードバックで自分にも風が吹く。そういう人が社会から愛され、最終的には勝利するように思う。いわゆる邪心を捨てれば・・、という話だ。計算しなければならないことが多いのは事実だが、無心に打ち込むということが幸を呼び込むには最も強力な手段かもしれない

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勝負の時

NHKのスポーツ大陸という番組で、走り高跳びの背面飛びを発明したフォスベリーという選手について放送していた。ベリーロールが最高の飛び方と信じられている中で笑いものになりながら自分が正しいと思うやり方を信じ、常に考え続け、そして完成させた。世界を変えようなどと思ったことはなく、ただ、より高く飛びたいという思いだけがあったのだと言う。そして、オリンピックで優勝し、その飛び方は世界標準になった。今ではすべての選手がフォスベリーが発明した背面飛びである。

感動した。起業精神もこれだと思った。目標を定めて常に考え続ければ必ず道は開けるのだ。

2007年は大変な年であった。開業に向けた準備の年で、開発や店舗探し、人材の確保といろいろなことをやった。公庫で借金もした。そして、想定外の投資、3000万円を使い切った。ほぼ仕込みは終了しつつある。3000万円使ったといっても、インターネットバンキングで数字を動かしているだけで全く実感はない。金銭というのはそういう実体のないもので、何かをやる自由というのが金の本質的な意味である。金を持っているというのは自由を持っているということだ。幸い、サラリーマン時代の蓄えで、構想を実現するだけの自由はあった。消費者の立場では金は幸せに変換されるものだが、経営者の立場ではそうではないのだ。金に対する考え方が変わった年でもあった。

2008年は勝負の年になりそうだ。ここまで来るのも何かと大変で、多くの戦いがあり、打ちのめされることもあったが、挫折することなくこの場所にやってきた。登山に例えるなら、ベースキャンプまで来たわけだ。本当の戦いはこれから始まる。頂上アタックだけでなく、下山(事業の存続)も視野に入れた長期戦だ。元旦の日、天候は晴れ渡り、富士山がくっきりと見えた。最初に乗ったバスはカードリーダーが不調でバス代が無料になった。どうやら、幸先はいい、いい年になりそうだ。そう信じて、2月1日のオープンに向けて、2008年が始まった

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