消費行動の本質
今まで、商品が売れるかどうかは、それがいいかどうか、価値があるかどうかで決まると思っていた。逆の言い方をするならば、商品を買うときの選択基準は、それが価格に見合う価値をもたらすかどうかだと思っていた。
もちろん、売れるかどうかは広告や競合他社の商品も関係するだろう。しかし、その購買行動がもたらす価値は、その商品の本質的な価値だというのは私も信じていたし、それが常識というものだ。
だから、有名な経営書はすべて、とにかく商品価値を上げることが一番大事だと説く。その商品価値とは商品そのものの価値である。低俗なビジネス本は、売るためのキャッチコピーやセールステクニックが重要だと言うが、それは営業のテクニックであり、商品が提供する価値ではないというのが一般的な見方だろう。
しかし、最近実際に商品を売るようになり、考えが変わった。商品の価値とは商品そのものだけでなく、その商品と出会ってからお金を払って手に入れるプロセスを含まなければならないのだ。更に、商品を使い続ける体験も含め、店頭でその商品を手に取ってから使い終わって廃棄するまでのすべての体験が商品であるという考え方はあった。例えば、アップルのipodやMacという商品は店での対応、そして商品のパッケージすべてが重要な体験であるとして全体として極めて高い価値を創造して提供している。
私がここで言いたいのはそういうライフサイクルとしての商品価値ではない。購買する瞬間の快楽である。購買行動がもたらす喜びである。
欲しいものは一通り手に入っているし、品質の高い商品が町に溢れ、どれでも手に入る。そして、どれを買っても同じように幸せになれる。売り手は差別化をしようと一生懸命商品開発をしているが、買い手は意外にその違いに気がついていない。ならば、何が商品を選ぶ決め手になるかというと、例えば、たまたまキャンペーンで安く買えたとか、おまけがついていたとか、そういう購買行動に付随する(金銭的に収入を得るという)利益獲得である。買ったところでその商品は結局使わなかったり、捨ててしまったりする(そもそもそれほど必要ではなかったのだ)が、購買行動によって利益を得られる瞬間に大きな喜びがある。その購買行動の本質は商品を手に入れることではなく、「儲けた」「得をした」ということなのだ。そして、その喜びは商品自体がもたらす喜びをしばしば上回る。それがバーゲンであり、つめ放題である。それは消費者を欺くことのようにも思えるが、消費者がそれで幸せになっていることにしっかり目を向けなければならない。商品を売るときには、今月まで入会金無料とか、今なら半額とか、○○でキャッシュバックとかそういうことを入れてあげなければいけないのだ。初めから安い値段で売ることが良心的な販売だと思っていたが、そうではない。より多くの喜びをもたらす販売こそが飽和した時代の価値提供と言えるのかもしれない
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