会社を辞めて以来、サンデー毎日なのでワールドカップサッカーも楽しんだ。今回の高校野球も、久しぶりに関東に引っ越してきたこともあり、東京、神奈川勢を応援でもするかという気になっていた。
私は高校野球ファンではない。ファンでなくても気になった、清原&桑田のPL、荒木大輔、水野がいた池田、ドカベン香川、敬遠の松井、そういうスター選手がいたときはまあ見ていた。それらははるか昔なので高校野球を意識したこと自体10年以上ぶりであることは間違いない。今回、序盤から見る気になったのは私が神奈川に引っ越してきて、東京への郷愁が高まったことと見る時間があったことが大きいのだが、帝京と早稲田を意識して、序盤で斎藤の顔を見たときになんと品のいい、繊細そうなやつなんだと思ったことが大きい。まだ早稲田実業がベスト16にも上がっていない頃から今年の甲子園は見なければいけないと思った。そのときはハンカチとか王子とかは全然知らなかったのだが、結果的に歴史的な大会だったことになり、世の中に対する私の感性はそんなにずれていなのだなと安心することとなった。
巨人の星の時代ならば、苫小牧の田中のような根性溢れる男に人気が出たかもしれないが、今回は斎藤一色だ。それを星飛馬と花形に例えるのは間違いだろう。斎藤は花形のように嫌味ではない。どちらかといえば素朴だ。そんな斎藤を中心とした今回の大盛り上がり、なぜ起こったのか
またまた時代を遡って恐縮だが、高校野球の歴史に国立フィーバーというのがあった。都立の進学校の、スカウトされたわけでもない勉強ができる高校生が甲子園に出た事件である。今回の斎藤フィーバーは乗りとしてはこれにもっとも近い。ひ弱な東京人が屈強な野球の王者、駒大苫小牧に挑み、勝った、そういうイメージだ。苫小牧が不祥事を連続して起こして何となくブラックなイメージを作っていたこともあるが、ホワイトでクリーンな斎藤早稲田がドンキホーテのように立ち向かう、そんな姿が心をつかんだのではなかっただろうか。これが帝京ならまた話が違う。早稲田だからよかった。今回まで知らなかったのだが、早稲田は5年前まで東東京に属する早稲田にあったのだが西東京である国分寺に移転したらしい。つまり、早稲田ファンは東西の東京全員をカバーしてしまうわけである。マスコミも人口も日本最大で二つのエリアをカバーするとなればまるで日本が盛り上がるように盛り上がるのも無理はない。そして早稲田ブランド。早稲田と言えば古き良き日本の象徴だ。東大は親近感がないし、慶応は個人主義的なスマートさが鼻につく、早稲田はなんか昔の日本のような素朴な集団主義、いい人っぽくて愛着がわく。早稲田に対して劣等感はないが、そういう帰属意識や誇りに対していつも羨ましく思っていた。その感覚は恐らく多くの日本人が持っていて、あの早稲田ががんばっているのなら応援しようと言う気にもなるだろう。
そして最後に斎藤と田中が決着をつける奇縁。話としてできすぎている。土着的な田中が敗北し、品のある田中が勝利する、いかにも現代的な結末だったが実は二人とも「現代的」からはかけ離れているところがポイントである。まったく金のにおいのしない世界で純粋に努力をしている、お客様を喜ばせるという目的すらない。修行僧のように道を究めようとしているだけの世界だ。今回、空前の人気を呼んだのは、そういう、21世紀の日本人が忘れていた宗教的とも言える求道的な世界、日本人の美意識の根幹をなす価値観を対照的な二人の共通項として思い出させてくれた、そういうところにあったのではないかと思う。
蛇足になるが、早稲田が使った酸素吸入装置。これはこれから市場が拡大するだろう。商品は思わぬところからブレイクするものだ。苫小牧も購入するだろうし、街にもエアードックのような店が溢れそうだ。この点、その恩恵にあずかれなかった田中はかわいそうな気もする。
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