ラサに最新鋭の鉄道で行ける・・・・。NHKスペシャルで青海鉄道の全貌を見た。ラサと言えば、バックパッカーならば一度は夢想する秘境の一つである。行きたいが要する日数の多さとその困難さの前に行くことを断念する、カイラス山のような存在である。そのラサに快適な鉄道で行けてしまう、そしてその道中は標高5000mというこれまた魅力的な経験が付いている。
簡単に行ける事は素晴らしいことのはずである。このことに対して不快感を感じるのは今までバックパッカーが独占してきた聖地が一般の観光客に荒らされるから、という利己的な理由は確かにあるかもしれない。しかしこれは恐らく素晴らしいことでない。
そもそもラサへは道路は通じていたのだから車の騒音もあるし一定の環境破壊もあった。だから二日に一度の鉄道が通ったところで環境とか騒音の面では劇的に変わるわけではない。だから一気に自然の破壊が進むわけではないのだと番組を見ながら安心したのだが、安心は長くは続かなかった。車内に中国人ビジネスマングループが乗っており、ラサにデパートを作るなどと言っているのだ。自然破壊はなくても文化の破壊がある。そっちの方がもっとたちが悪い。チベットの文化こそが価値だからだ。中国政府は経済的な面だけではなく文化的にチベット民族を併合してしまうことを狙っているのだろう。鉄道によって伝統的なチベット文化が消滅することは非常に残念だ。
次に旅行者の視点。鉄道の旅は魅力的だ。私もスイスの氷河特急に乗ったことがあるが全般的にヨーロッパの鉄道が素晴らしい中でも最高に素晴らしかった。しかしその素晴らしさは鉄道の旅というカテゴリーの中での相対的な素晴らしさである。自然の空気を楽しみ、自分の健康を確認し、写真を撮ると言う山歩きの楽しさとは比較できない。それらすべてが欠落しているからだ。一番のストレスは写真をしっかり撮れないことである。車内からだとブレてしまうしガラス越しだし窓に面していない場所は見えないしあっという間に走り去ってしまうので気に入った構図にじっくり取り組めない。高地に自分の脚で行けない理由がある人にとってはもちろん価値はあるが、そうでなければやはり歩かないとだめだ。青海鉄道は高山病対策のため何と飛行機並みに密閉し気圧を0.8に保つのだと言う。窓は開かないし下車もできない。だから高地の空気は味わえないしガラス越しの風景しか見ることはできない。しかも自分の意志とは関係なくどんどん進む。山歩きの楽しみは気に入った広々とした空間に寝転がったり座ったりして雄大な景色の前で一人でボーと時間を過ごすことにある。だから何日も歩いていくと言うと無駄な時間のように聞こえるがそっちにこそ本質的な楽しみがある。事業を興すこと、仕事をすることと似ている。密室の中に閉じ込められて目的地に運ばれて行くことは交通としての意味しかない。最初は乗ってみたいと思ったが、26時間の間、目的地に到着するまで一度も下車できない列車に乗りたいという気持ちは今はない。
鉄道とは関係ないがこの番組を見て驚いたことがある。国道沿いに五体倒地で歩いて進む人たちの額のたこだ。ヒンドゥーや仏教では額に万物を見通す目があるとして女性は印をつけたりするし、仏像でも丸いものが描かれる。それが何なのかわかったような気がした。五体倒地を何ヶ月もしていると額が地面にこすれて額の中心にたこができるのだ。これが悟りの目が開いたということではないだろうか。第三の目の由来はこれに違いない。しかし彼らがトラックやバスがビュンビュン走る国道を進まなければならないのは不憫だ。車のない土の街道こそがふさわしい。道のないところを進むのは迷う可能性があるので道路沿いに行かざるを得ないのだが何とかならないものか。私は車の騒音が大嫌いである。だから休みに遊びに行くときは車のない南の島や山奥を好む。車がないということではベニスも素晴らしい。世の中の道路はすべて地中に埋めるべきだと真剣に考えている。そうすれば地上は静寂に包まれ、安全で快適な素晴らしい世界になる。
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