日記・コラム・つぶやき

マンションがオフィス

大企業を出て、自分で商売に関係する人に会っていると、気付く。オフィスがオフィスっぽくない場合が多い。松下とかマッキンゼーとかIBMとかトヨタとかそんな企業しか出入りしていないと、オフィスというのはこういうものだという先入観ができる。しかし、そういうオフィスは賃料が高い。机を並べてパソコンを打ち、電話を受けるのがメインならガラス面の大きな間口は必要ない。受付も必要ない。会議室も無駄だ。高価なオフィスビルに入る必要もない。広めの賃貸マンションに入ればいいことである。小さなオフィス物件よりもマンションの方がオートロックが付いている分安心ということもある。

そういう当たり前のことが先入観に覆い隠されると見えない。コスト削減や価値創造というのは、先入観を取り払い、物事を正しく計算できることだと思う。そう言うのは簡単だが、セロのマジックを見破れないようでは先入観を取り除くことなどできない。自分の頭を使ってではなく、より多くの世界を見ることによってしか先入観のベールを取り払うことはできないのだ。オフィスはマンションで十分だという事実を知ることは、そういうことで学ぶことができるという一例である

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プロフェッショナル

NHKの「プロフェッショナル~仕事の流儀」が好きだ。プロジェクトXは好きではなかった。それは久保純子と住吉美紀の違いなんかではない。プロジェクトXも最初は好きだったのだがだんだん好きでなくなった。ネタが枯渇するにつれ、単なる成功の後づけの話として担当者の自慢話をするだけになっていったからだ。

そもそも成功、ブレイクスルーというのは偶発的なもので、一人の人間の仕事ではない。大きな役割をすることはあってもそれは単なる発想であったり、頑張れば何とかなる種類のものであることが多い。ブレイクスルーすることは確かに素晴らしいが、それは瞬発力であり、瞬間最大風速的な発明であったり営業であったりする。

見ているうちに気持ちが冷めていったのはなぜか。それは、誰でもそんな状況になれば火事場のバカ力が出るだろうし、死ぬ気で頑張る。それは割りと誰でもできることだし、後世に自慢することでもない、それを自慢げに語っているのを聞くことに時間を費やすのがばかばかしく思えてきたからだろう。しかし、プロフェッショナルは違う。

NHKもそれに気がつき、より本質的な企画にシフトしたのだと思う。プロフェッショナルの場合、本人は結果やブレイクスルーに関心がない。関心があるのは、日常的に自分がどうあるべきか、どういう気持ちで仕事に向かうかということだ。火事場のバカ力ではない、日頃の生活習慣にフォーカスしているのだ。これは参考になる。それはだれでもできることではない。結果や局面に関係なく、どんな信念に基づいて行動しているのか。それがあるから結果がついてくる。壁を打ち破る。非凡というのはそういう日常にあるのであって、いざというときに突然発揮されるものではない、それを教えてくれる番組だ。

一つ言いたいことがある。ダーウィンが来たとか探検ロマン世界遺産もそうなのだが、なぜNHKの番組はつまらない歌を毎回長時間聞かせるのか。プロジェクトXの中島みゆきが評判が良かったのか。私はあれもいやだった。番組が始まるまでいつも3分くらい待たされるのはコマーシャルを見せられているような、ボクシングの試合がなかなか始まらないような、実にいらいらする。7時のニュースのように単刀直入に始めてほしいものだ。

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私は動物と子供が好きだ。向こうも私のことが好きらしく、人見知りする子供で大丈夫だし、猫は私に寄ってくる。しかし残念なことに身近なところに子供がいない。いるのだがヨソ様のお子様なので話しかけることすらできない。昨今の事件のおかげで話しかけただけで犯罪者にされてしまうことは間違いない。向こうも怯えるに決まっている。住みにくい世の中になってしまった。

先日タイに行ったときにこんなことがあった。あるNPOを訪問するためにあるはずの場所にタクシーで行ったのだがそれらしいものがない。真夏の太陽の下汗だくになりながら30分以上人に聞きながら歩き回ったが見つからない。そんなとき英語で子供のためのファウンデーションと書かれた小さい建物があったのでそこに入って聞いてみた。そこでは4、5人の人が働いていたが仕事を中断してNPOに電話をしてくれ地図を描いてくれた。実に嬉しかった。それで地図を頼りに行ったのだがやはり見つからない。ある商店で聞いていたら店主も知らないのだが、そこに若い女性が自転車で通りかかった。店主が呼び止めて聞いてみたがやはり知らない。仕方がないのでまたうろうろと探し始めたのだが、先ほどの女性が近くに私のオフィスがあるからそこで聞いてみようと言ってくれた。行くとオフィスというより普通の家で、その中に子供向けのTシャツやら絵本やらが山積みになっていた。ここでも何人かが働いていてやはり子供向けのファウンデーションだと言う。ここの人がまた親切で、電話してより詳細な地図を描いてくれた。感動した。その地図を頼りにやっと辿りついたのだが、そのことが思い出されるにつれ、あれは何かの導きというか縁だったのではないかと思えてきた。これから事業を始めるに当たってひとつの目標ができたような気がした。頑張って利益を出して、それをあの人たちに寄付するのだ。生み出した利益を子供達の笑顔につなげるのだ。考えただけでも何だか楽しい。こういう発想というのはサラリーマンだとなかなか生まれてこない。こんな思いつきもできるようになるから起業は楽しい。

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葬式

今日のニュースを見ていると、交通事故で亡くなった3歳児の通夜の模様を放送していた。すごい人が来ていた。その後、トンネルで亡くなった若い女性についてやっていた。すごい人が参列していた。

私もいい年なので葬式には何度も参列してきた。そこで思うのは、参列する人数は死んだ人の年齢が若いほど多いということ。子供、若者、大人、年寄り・・。歳を取るほどなぜか参列する人数は減る。それがなぜかはまだよく考えていないが、さて、自分のときはどうなのかなと思う。

私は独身だ、この前までサラリーマンだった。もし、そのまま退職し、独居老人になり、そして死んでいったならば、いったい誰が葬式に来るだろうか。もし長生きしたら、友達も兄弟も来ない。参列するのは市の職員だけなのではないだろうか・・・。

人生とは失う過程である、というのは私が気がついた真理の一つである。年を経るごとに友達を失い、親を失い、純粋さを失い、幸せを失い、そして詩を失う。恐らく生まれたときが幸せのピークで、後は何もかも失っていき、最後に命を失う。命を失うときくらい人と一緒にいたい、だから人は家族を築き、それを拠り所に生きる。家族が得られなくても、例えば仕事の仲間を築くという手もある。私は盛大な葬式を望むわけではないが、葬式に参列したいと思う人間が少なければやはり寂しいと思う。もし、サラリーマンを続けて定年退職したらまずいぞ、これが会社を辞めて事業を始めた動機のひとつである。

何も持たない、何も期待しない、そういう境地で幸せになった老子のような心境には到底なることが出来ない。老子は結果的に多くの人に慕われることになったが、彼が書を記し、教えを広めた動機はやはり、寂しい死を迎えたくなかった、そんなところにあったのではないだろうか。

そんなことを考える年齢になってしまった。

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金が・・

飛んでいく。会社を辞めて会社を作るというのはこんなに金がかかるのか・・・。まずは住民税。住民税というのは後払いシステムらしく、収入がない失業状態にもかかわらず来年までの未納分、43万6千円の請求が来た。失業手当がもらえるどころか逆に取られるとは思わなんだ。会社員で源泉徴収されているとこういうことは意識しないのだが、まとめて請求書という形で来るとショックが大きい。民放テレビを無料で見ているように思っているが実際はCMを介して間接的に払っているのと感覚が似ている。税金もこういう形で請求が来ると(NHKのように)怒りがこみ上げてくるから不思議だ。
そしてソフトウエアの購入費。WEBページ作成のためアドビの画像編集ソフト一式を買おうと思ったら16万円、マイクロソフトオフィスが4万円、動画編集用にアドビプレミアを買ったら9万円! ソフトだけでサーバーのハードウエアの値段よりも高いじゃないか! そして会社設立の印紙代やら印鑑制作費で30万円ほど。ノートパソコンやムービーカメラも買わなければいけないし、ホームページのドメイン名の登録や光回線の法人契約でも金がかかるだろう。経営の本質的なことで悩む前にめげてしまいそうだ。自分の金でこういう荒っぽい金の使い方はしたことがない。しかし、よく考えると株投資の損失が500万円を超えているわけだし、これから起業に失敗したら数千万円オーダーで金が吹っ飛ぶのだから、このくらいの金でいちいち心を痛めていてもしょうがない。どーんと行くか~
そんな中、いいことがあった。ipodが新品になったのだ。-20℃のヒマラヤで使ったりフィットネスクラブで落としたのがいけなかったのか最近調子が悪かったので修理に出したのだが、ネットで修理を申し込むと宅配業者が家まで取りに来て梱包もしてくれて、そして5日後には新品交換という形で帰ってきた。1年の保障期間内とはいえ、私に落ち度があったかもしれないのに大盤振る舞いだ。アップルは素晴らしい。私もこんな会社を目指したいものだ。

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決めなければならない!

自分で事業を始めようと思うと、決めなければならないことが多すぎる。次から次へと現れる、北斗の拳の敵のようだ。最も悩ましいのが会社名。商標名にも関係するし、ブランドイメージに直結する。こういうセンスはないのでなかなか決められない。しかしこれが決まらないと名刺も会社代表印も何も作れない。そしてメインバンクをどこにするか等等。早く本質的なことに入りたいものだ

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サーバー発注

Dsc_2061 引越しに伴う諸手続きや片付け、掃除も完了し落ち着いた。落ち着いてみると緑が多い住宅地だということに気がついた(写真は窓からの景色)。今打ち込んでいる画面から視線を少し上にずらせば富士山が正面に見える。車で10分ほど走れば湘南海岸もある。道もすいているし図書館やセントラルスポーツもあり駅から遠いことを除けば住み心地は悪くない。しかしマンションの7階というのは何かと外に出るのがめんどくさく、あまりいいものではない。

ところで、昨日サーバーを発注した。何をやるにしてもこれからはWEBを使ったサービスが基本だ。こういうのは外注する人が多いが、私は全部自分で構築することにした。カスタマイズ不要のパッケージソフトなら外注&レンタルサーバーでいいのだが、開発を伴うものは自前でやったほうがコストも安いし自在にメンテナンスできる魅力がある。特に後日、大規模化していくときに経営の根幹が人の手にあるというのは大きな経営リスクであり収益圧迫要因になる。
でまずはサーバーを買うことから始めるのだが、どのくらいのスペックが必要なのか、OSはLINUXとして、どのディストリビューターがいいのか等決めなければならないことが多く2日もかかってしまった。無停電制御装置やホットスワップRAIDのディスク構成など業務用としての堅牢性重視で、22万円、ロジカルエフェクトというサーバー専門の組み立てメーカーに発注した。LINUXにするとOSだけでなく、WEBサーバーやデータベースのソフトもすべてフリーソフトで構成できるのが素晴らしい。こういうのを買わなくていいから低コストで事業が始められる。フリーソフトの使い方やシステム開発のテクニックはネットで調べれば何でもわかる。だから私でもシステム開発がすべてできてしまう。こういうことは結構好きなので苦にならない。サーバーが来るのが楽しみだ。
あ、また今日も特許作成を先延ばしにしてしまった。でも特許を書くのは辛いので、とりあえず次は会社設立について研究することにしよう

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引越し屋後日談

辻堂に引っ越してきた。ところで引越し屋はサカ○にしたわけだが、やはり安かろう悪かろうだった。ひどく悪いわけではないが、例えば梱包にしても、ファックスやプリンタをちゃんとエアキャップで梱包してくれていたかと思ったら箱を開けてびっくり。大きな箱の中にプリンタが一つ、何も包まずに入れられていただけだった。運送中に振動を受けたり動いてぶつかったりしたのではないか。どおりで作業が速かった訳だ。家具を倒しても平然としているし、汗をだらだら床に垂らすし。しかも搬入時間を午前中で約束していたのに、連絡もなく午後3時に変更しやがった。壊したり傷をつけたりしたわけではないが、アートはもっとちゃんとやってくれたと思う。サ○イには二度と頼まん。

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雇用保険

来月に会社設立をすることにしたので、ハローワークに雇用保険はどうなるのか聞いてみた。会社設立も自営業も就職と同じだから、当然失業手当はもらえなくなる。自己都合退職の場合、退職日から3ヶ月間はもらえないから、3ヶ月以内に会社を設立すると全くもらえない。まあそれはいい。
納得できないのは、退職日から1年以内以上経過するとこれまで18年間の積み立てがリセットされてしまうということだ。退職者を分類すると①3ヶ月以上無職で失業手当を受給される②失業手当を貰わないうちに就職してこれまでの積み立て年月を就職先で引き継ぐ③経営者(雇用されるわけではないので雇用保険に入れない)として再出発し1年以内に挫折、失業手当を貰う④経営者として再出発し1年以上がんばる になるが、私は④のつもりだ。しかし④で一年経過するとこれまで雇用保険として支払ってきた実績は消えてしまい、倒産で無職になっても何ももらえない。①や③というのも少数派だろう。つまり、ほとんどの人は失業手当を貰う(貰ったとしてもたいした額ではない)可能性が0なのに保険金を払わされているのだ。怪我で働けなくなることもあるだろうから、そのための保険として存在しているという見方もできなくはないがそれならば雇用保険ではなく傷害保険とかそういう保険の形態であるべきだ。景気の波の底で失業した労働者を景気回復まで生かすために存在していると言うのが本質的なところなので、雇用保険というのは恵まれた能力を持った労働者が恵まれない労働者にカンパをしているようなもので、自分が貰うことなど初めから期待してはいけなかったというのが結論だ。しかし、そういう趣旨ならば豊かな経営者から税金をもっと取ってそこから失業手当を給付すべきであって、労働者から取った金を財源に当てるというのはなんともやりきれない。資本家や経営者はそこまで自分の懐を痛めたくないのかと、この資本主義社会の根本思想を見る思いだ。まるで牛を飼育するのに牛から作った肉骨粉を食べさせているような感じだ。

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引越し屋選び

ずいぶん長い間暮らした大阪だが、大阪暮らしもあと一週間だ。大阪と東京どちらが好きかと言うとやはり東京だ。大阪は土着の大阪人にとってはいいところだが、そういう人が大多数いるので外から来た人は何となく居心地が悪い。東京は土着の江戸っ子より流浪の旅人が多数派なので互いの距離感と同質であろうとする努力(流行に敏感、同じような服を着る)がよそ者にとっても心地いい。というか皆よそ者である。旅先のYHAで知り合う仲間のような乗りがある。
それはそうと、引越しだ。今まで毎年のように引越ししてきたがいつも会社の金でやっていたので、引越しに幾らかかっていたのかも知らない。相場がわからないのでネットで調べたら、ヤマトでネットシミュレーションを見つけた。結果は113000円だ。正確な見積もりは人を呼んで見てもらわないといけないらしいので、とりあえず今まで会社が使っていたアート、サカイとネットで安いと評判の松本、仕事が丁寧と評判のヤマトに電話した。松本は電話口で大体の分量を聞き、見もしないで97000円(2トンロングトラックチャーター)と見積もった。翌日配送は更に3万円くらいらしいので、この価格は中1日の価格だ。1日2日置いて他の人と一緒にして運ぶので安くなるらしい。見積もりはまずアートが来た。12万円ちょっとだ。営業マンの態度もよく、研修中のかわいい子も連れている。好感度抜群である。次にサカイが(プレゼントのお米を手土産にして)来た。松本が97000円と言うと、自分では見積もりをほとんどせずに、99000円で即決でどうですかとか言う。まだヤマトが来てないので即決はできないと言うと、では95000円でと食い下がる。しかも即決でないとこの値段は出せないとか言う。なぜかと聞くと、もう一度来てダンボールとかを持ってくるのに人件費がかかるからだと言う。
これがセールスの手口である。かなり心が揺らいだことは事実だが、即決しなかったら値段が上がるとも思えないので「ヤマトを聞いてから結論を出します」とお帰りいただいた。相当しつこい営業マンだった。しばらくするとその営業マンから電話がかかってきて「88500円でどうですか」と言う。やはりこういう交渉は時間が経つほど値段が下がる。即決のほうが安いわけがない。しかしそこまで言われると余程ヤマトを恐れているとしか思えない。ますますヤマトへの期待が高まり、「ヤマトを聞いてから結論を出します」と言って切った。ヤマトの見積もりは11500円くらいだった。営業マンは礼儀正しかった。で結局サカイ88500円に決めたのだが、交渉は心理戦であり相手の口車に乗ってころころ考えを変えずに冷静に状況分析をするものが勝利する、即決は良くない、ことを期せずして学んだ。何かを決めるときはそれを勧める人間の前ではなく、その人がいないところで一人で冷静に検討してからではないと危険だ。セールスマンは瞬間的に顧客を洗脳状態、催眠状態に陥れるからだ。

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会社を辞めると

太る。ずっと家にいて本を読んだり調査をしたりしているだけだ。通勤時の徒歩と電車の往復一時間がなくなるだけでこうも太るものか・・・。エネルギーを消費しないのに食欲は衰えない。酒も飲む。誰とも会話しないので発声のエネルギーを使うこともない。61.5キロが64キロになってしまった。しかも肩もこってきた。これはまずいので週一回のフィットネスを週二回に増やすことにしよう。そして毎日自転車で30分くらい鶴見緑地を走ることにする。でも今日は雨だ、食べ物の量も減らさなければならないなあ

起業にはこんな辛いこともあることがわかった

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占い

先日梅田の紀伊国屋書店で占いキャンペーンというのをやっていて客引きにつかまった。20人くらいの手相占い師が一同に会していて、1050円でやってもらえる(後で1050円の本を買わなければいけないというシステム)という。こういうものは今までお金を払うのもばかばかしいと思ってやったことがなかったのだが、こういう時期にこういうものに誘導されるのは何かの縁かと天からのメッセージを期待して受けることにした。私は旅行中も日常の行動もこういう偶然や出会いは大事にすることにしている。いつも思うことなのだが、自分のやりたいと思っていることとは関係なく、何か大きな力で意図的にあることへ導かれているという感覚がある。だからそういう力に逆らわず、これが今日街に出てきた理由だったんだ、とか考える。
話が脱線したが、手相占いの結果は、「あなたは感情線が強く人を扱う仕事(医者、接客等)が向いているから今の仕事をやめたのは正解。正しい方向に向かっている。知能線の形は夢を追う人であることを示しているがここに少し出ている線が数字に几帳面なことを示しているので経営も大丈夫。2007年2月5日から運気が開花する。奥さんを貰えば運がつく」らしい。最後のアドバイスは蛇足だと思うが、私が言って欲しいことを言ってくれたのは私がそういう顔をしていたからか? そのときに買った(買わされた)本が「強運」という本だったが家に帰って読んでみると、こんなことが書いてあった。

     前向きに考え、成功イメージを常に持ち楽観的に考えると運を呼ぶ

     親を大事にし人間関係は良好にしなさい

     部屋を掃除し、気分が晴れやかになる場所に行くと心が清らかになり運を呼ぶ

     何でも自分に都合がいいように解釈し、いつも気分よくいる

     運の強い人と付き合って運を呼び込む

     強い意志とビジョンを持つ

     確信していることが実現するようになっている

     運に任せるのではなく、本人の努力が運を呼ぶ

     呪文を唱えたりマークを見ることとも有効、それでうまく行くという思い込みに効果がある。とにかく理由は何でもいいが、それで成功すると自分が信じることが大事

     私利私欲のためではなく大儀、正義のための努力が勝つ

占いとか宇宙エネルギーとか神秘的なことに絡めてはいるが、とにかく自分が成功を確信(妄信でもいい)することが大事なようだ。その思い込みがパートナーにもお客様にも伝わるから本人も含めた皆がだまされてイメージが現実化するのだろう。そもそも物事の価値というのは特定の人間の思い込みで定義されるものなのだから、それを生み出した者がいいと定義しなければ誰もいいとは思わない、そういうことだ。占い師が私に言ったこともまあそういうことで、能天気な私の顔を見て、この人は褒めて応援してあげれば勘違いして嘘から出た真になるタイプだ、と思ったのかもしれない。何かを成し遂げるには楽観的で明るいことが大事、というのはよく言われることだが私もとりあえずその精神で行くか、と腹をくくった一日だった。

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エベレスト

Dsc_1084_1 2005年の年末、エベレストに向かった。その一年前にもエベレストを望む3700mのタンボチェへ行きその雄姿を初めて肉眼で見たのだが、新たな冒険の前にもう一度しっかり見ておきたかったのだ。他にやるべきことはあったかもしれないが、とにかく行かなければならないと思った。行くことによって何が得られるのかわからなかったが、会社をやめたらまとまった時間はもう取れない。最後にやっておくことがエベレストを間近に臨む、標高5360mのゴーキョピークの登ることだった。
事前のトレーニングは十分に行い、高山病にならないために時間をかけて歩いた。そしてカトマンズから7日目にゴーキョに到着した。既に指はひび割れ、低温でデジカメの写真保存用のipodも不調だ。ゴーキョに到着したのが昼前だったので午後にゴーキョピークの方向に散歩することにした。しかし歩き始めて風が弱いことに気がつき一気に山頂に登ってしまった。もちろん息は切れているし余裕があったわけではないがそのとき見たエベレストは夕日に映えてただ、ただ美しかった(掲載した写真はそのときのもの)。
翌朝4時出発で日の出を見るために再びゴーキョピークを目指した。前日の午後と違い、寒い。恐ろしく寒い。マイナス20℃と聞いていたが、足の指が凍傷になるかと思った。そしてお腹が空いて動けなくなる。シェルパのカルマ君に言うとチョコレート(私が空港ラウンジから持ってきたお土産なのだが・・)をくれたので元気が出た。前日と違い苦しい。山頂が遠い。もうだめかと思った、そのとき、山頂の旗が見えた。力が沸いた。そして山頂へ到達した。そのとき思わず涙が出た。地平線が白みかかってエベレストをシルエットに明るくなってきていた。誰もいない山頂に一歩を踏みしめエベレストと対峙したとき涙が止まらなかった。ここまでだまって私を支えてくれたカルマと握手した。彼は私を見てびっくりしていた(シェルパにとってはここは裏山みたいなものだ)。私はそのときなぜここに呼ばれたのか悟った。それは心にしっかりと刻み込まれた。 次はあの山に登らねばなるまい

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退職の翌日

Dsc_1768_3 今日から無職だ。気分転換に鶴見緑地に行った。定年退職したような人がたくさん散歩している。私も退職者の仲間入りだ。平日に公園に来ることなどこれまでなかったので、私の知らない世界に来た様な気がした。今日から会社に行かなくてもいいというのはなんだか変な気分だ。家族もいないので属する組織が全くない社会のアウトローである。誰からも必要とされていない。
歩いていたら風車に行き当たった。赤い花が咲いていて絵のような風景だ。花が咲いていることなど知らなかった。偶然なのだろうが私が来るのを待っていてくれていて、私が人生の一歩を踏み出したことへのお祝いの花が贈ってくれたような気がした(なんと自分に都合がいい解釈!)。昨日と違って感傷的な気分はあまりなくなったし、悲観的な気分も後退してきた。開き直ってやるしかないではないか、これからはそれだけに集中できるんだ、集中すればいいんだ。そういう気分が徐々に盛り上がってきた。さあ、これから今まで書き散らしてきたアイデアを事業計画にまとめて、行動計画をつくる作業に入る。とにかく前進あるのみだ

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会社を辞めるということ

何事も経験してみるものだ。会社を辞めるときにどんな心境になるのか全く想像もつかなかったが今日わかった。本日5月31日付で会社を辞めた。この感覚を覚えているうちに何を思ったか書いておくことにする。
会社を辞めることを上司に通告したのが4月11日。その日が第一の関門だった。4月になったら宣言しようとずいぶん前から計画していたのだが、その2週間くらい前から猛烈な葛藤があり、起業なんかできるのか、もっとちゃんと考えてからでいいのではないかと悩みに悩んだ。そして、そのときの結論は「できるかできないか考えても仕方がない、辞めてしまえばそういうことを考える必要がなくなる、やるしかない状況になればどうすればできるかだけに意識を集中できるはずだ」と考え、上司に話をしたいことをメールで伝え、会議室で宣言することが出来た。私は絶対にバンジージャンプでダイブする勇気はないタイプなので今でもよく言えたと思う。大学卒業以来18年間働いた会社に退職願を出すことができたのだ。
その後、猛烈な開放感がこみ上げてきた。今の責務から逃れられる、これからは自分で好きなことを誰の判断も待たずに実行できる、そういう無限の自由が待っていると思うとうきうき、わくわくした。そしてGW明けまでこれまで以上にいろいろ研究し、アイデアもわきあがってきて、文章が機関銃のようにどんどん生み出されるようになった。しかし、できるかできないかの悩みと引き換えに現れたのは失敗するという恐怖感だ。それはそうだ。できるという確信がないまま踏み切ったのだから。なぜかその頃からアイデアが全く生まれなくなった。不安を打ち消すためにブログを書き綴ってみたりするが、どうも切れ味が悪く面白い文章にならない。そして精神状態が不安定になってきてちょっとしたことで怒りっぽくなったり落ち込んだりする。眠れないので朝早く目が覚めるのだが、気分が悪く会社に元気に出かけていく気にもなれないので出社時間もどんどん遅くなる。3月までは何でも楽観的にポジティブに考えられたのが、今やネガティブ一色だ。今までの人生でできなかったこと、失敗したことばかり思い出されて何でこんなことをしているんだという気分になる。そう、起業と言うのはかなりの狂気がないとできるものではない。振り返ってみると、自分の冷静な判断と言うよりいろいろな巡り合わせで自分の力ではない違う大きな力により、こういう方向に導かれたような気もしている。何かにとりつかれていたような感覚だ。そして恐怖がこみ上げてきて夢から覚める、それがこの一週間だ。今週に入って食欲もなくなり、興奮して(交感神経優位の状態になり副交感神経が弱るために)胃腸も調子が悪い。食事がおいしくない。眠れない。なんだか吐きそうな気分だ。そうして今日、最後の日を迎えた。明日からはとりあえず無職だ。昨日と今日、昔の資料を整理、削除したりしていたりすると涙が出てきた。何でだろう。あんなに辞めたかったのに、もっとここにいたいという思いが高まる。今日、お世話になった人、一人一人にご挨拶のメールを書いていたが、すぐに返事がきたりしてやっぱり涙が出てきた。なんとかそういう気分を押さえ込んで泣かずにお別れの挨拶をすることができたが、この涙の意味はお別れというより、これからのことが不安で怖くて泣いてるんではないだろうかという疑いがある。そして、さっき帰宅した。だいぶ気分は落ち着いたが、明日からどんな心境の変化が現れるのか、また報告したい。

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